3.11東日本大震災。福島第一原発から最も近い場所にある病院。福島県、「高野病院」について。

 

3.11東日本大震災。福島第一原発から最も近い場所にある病院。福島県、「高野病院」について

 

福島第一原発から最も近い場所にある

「高野病院」

 

皆さんはご存知でしたか?

 

私は昨年NHKの特集番組

原発に一番近い病院 ある老医師の2000日

を見るまで、

恥ずかしながら「高野病院」のことは

知りませんでした。

 

医師という仕事は

どの環境でも大変で

責任が大きい職業である

と思います。

過酷な現場で治療にあっている医師もたくさんいることだと思いますが、
更にもっと過酷な環境で医師としての職業を務めている人

がいました。

 

高野病院で奮闘していた元院長の高野英男さん(故:81)

 

2016年12月30日に火災のため亡くなりましたが、

 

東日本大震災があった後も

原発に最も近い高野病院で

ただ一人の常勤医師として

日々奮闘していた医師でした。

 

スポンサーリンク

 

東日本大震災直後の高野病院の様子

 

東日本大震災直後、

行政は高野病院の

患者さんの避難を病院に告げました。

 

しかし、

 

高野元院長は、

 

●『移送、転院できる患者もいるが、それによって病状を悪化させる可能性がある患者もいること』

 

●『計測した放射線量からみて安全と判断』

 

などを理由に

他の病院が避難する中、

高野病院は

患者さんを避難させませんでした。

 

震災前には

常勤医師は2人いましたが、

震災後、常勤医師は高齢の高野元院長だけになってしまいました。

 

 

スポンサーリンク

 

 

高野病院の概要と高野元院長の対応について

 

高野病院は、

内科、精神科、神経内科、消化器内科の四つの診療科があり、

入院患者は100人を超え、

平均年齢は84歳。

といわれています。

*昨年の情報で、変化している可能性あり。

 

 

東日本大震災後の原発事故で、

病院を取り巻く環境は大きく変化しました。

先程も書いたように

原発周辺の病院は避難したため、

救急車が殺到し、

夜間に救急患者が搬送されてくることもあり、

 

高野さんは当直室や自宅に待機し、

ほぼ無休で対応に当たっていたそうです。

 
また、

除染作業など復興作業を行う「新しい住民」

や、

原発事故によって居場所を失ったお年寄りたち

 

の治療を最期まで続けていました。

 

TVの中ではフラフラと転びそうになりながらも

回診を行い、

「ほんとうに疲れました」

と言いながらも、

患者さんに寄り添う姿が印象的でした。

 

私達では理解することのできない覚悟で

医師という職業を務めていたのだと思われます。

 

高野元院長亡き後の高野病院の体制

 

高野元院長が亡くなった後

「支援する会」の医師やボランティア医師が勤務していましが、

2月から東京都立駒込病院に勤務していた中山祐次郎医師(36)が

3月末まで常勤医として院長を務めています。

 

 

→H29.3.11現在、高野病院の中山院長の記事はこちらから

 

4月以降については

常勤医を2人確保し、

その中の1人が院長を務める

と発表されています。

 

 

大学・専門学校時代には

様々な医師から講義を受ける機会が

ありました。

また、書籍などでも印象に残る医師はいましたが、

強い覚悟と責任感を感じたのは

ひしと感じたのは、

高野元院長だけかもしれません。

 

今後も、高野病院のNEWSは

注目して見ていきたいと思います。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 



スポンサーリンク

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ